トリノに行く理由
イタリアに行くなら、ぜひともトリノに行きたい。そう言うと、旅行代理店のスタッフにも不思議がられた。「そういう人はあまりいませんね」と。天野川は少し変わった女である。
なにゆえにトリノなのか?
それは、ずっと群雄割拠でバラバラだったイタリアを19世紀になって初めて統一したイタリア王国の首都であるからだ。
そして、それ以上に、以前スイスのシヨン城を訪れた際、フランス出身のサヴォワ家がレマン湖畔あたりを統治しており、スイス西側をフランス語圏にするような影響力をふるい、その後、政治的な視点でイタリアに進んで、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世下でイタリア統一を成し遂げたということを知っていたからだ。
フランスやスイスでグダグダしていたら、歴史に名を残せなかったかもしれないが、イタリアに転じたおかげで権力増大の末、サルディニア王国を建国し、そして「初代イタリア王」の冠を頂戴した。この政治的センスはすごいぞと思っていた。
サヴォワ家、イタリアではサヴォイア家というが、スイスで見た権勢の成れの果てを見てみたかったのだ。
スイス時代のサヴォワ家は質実剛健な城を築いたが、トリノではきらびやかで、いかにも“金持ち”オーラを出しているらしいではないか!
さぁ、たった3年とはいえ、首都になった輝かしい街トリノには何があるのか感じ取りたい。
トリノ王宮(Palazzo Reale)もしくは「トリノのロイヤルパレス」
トリノ中央駅に着き、すぐさま目の前にある観光案内所でトリノの観光地をお得に回れるピエモンテカードを購入した。
私は24時間チケット(27€)を購入し、それが3施設OKというものだったからスタッフが親切にも「どこに行きたいんだ?」と聞いてくれた。困ったぞ…「トリノ王宮」という英語が思い浮かばない。。
サヴォイア王家の王宮とはいうものの、「あー、サヴォワ、、」表記にある「レアーレ…」というと、相手はポカンとして聞き返した。「ロイヤルパレスか?」と。そうか、トリノ王宮は英語で「ロイヤルパレス」でOKらしい。ストレート表現だった。
日本語のポケットガイドもあると知り、私が喜んでいたら皆さん笑顔になった。ありがたく受け取ろう。
カステッロ広場には、ユネスコ世界遺産でもあるサヴォイア王家の王宮(Palazzo Reale)やマダマ宮殿(Palazzo Madama)がある。
入ってみると、入り口から装飾がすごい。
王宮というだけあって、どこを見ていいのかわからなくなるほどキンキンキラキラ。黄金で輝いていた。
トリノ王宮の武器庫:甲冑コレクション
トリノ王宮の続きに武器庫がある。結構有名らしいが、ここが見せ場だったりする。
なぜなら、こんな感じでズラリと並ぶ金持ち騎士たちのコレクションがあるからだ。
中世の城にはいろいろな武具や武器が展示されているが、ここまで充実していない。
そういう意味で、トリノ王宮の武器庫は、素晴らしいコレクションを展示しており、いかにも騎士といういで立ちを見たいなら、ぜひおすすめしたい。
金物の内側にスカートのように出している鎖帷子(くさりかたびら)。これは、剣や弓矢などを通さないために着込んでいたものだ。
フードから上半身を覆う鎖帷子。
騎士の時代の初期や、お金がない人らは、鎖帷子だけをまとった。
より詳しく戦争や戦闘服について知りたい方は下記カテゴリを参照
>>城と中世という時代に生きる人々
鎖帷子がメインだった時代の後、よりお金のかかる鎧へと時代は移る。鎖帷子だけでは槍などを突き通してしまい、不十分なのはもちろん、お金がある騎士の装いとして手間をかけるようになる。
金持ちであればあるほど装飾の手が込んでいて、オシャレであることは言うまでもない。
馬の剥製だろうか。人間もろう人形?
手先から足元まで、実に手が込んでいる。そして何より美しい。
トリノはお金持ちだねぇ。
こちらは盾の装飾。こうなったら戦うためではなく、見せびらかすためのものである。立体の美。
鎧に模様。
そして、わが日本の鎧兜も展示されている。素材の違いはあるが、鎧兜への美意識は洋の東西を問わず、どちらもこだわりがすごい。
さて、実物が終わったら、肖像画を見てみたい。
騎士だけでなく、国を統べる王たる者も凛々しい戦闘服で決めポーズだ。
書籍で参考になるとしたら、実写ではなくイラストとキャプションを列挙した『中世ヨーロッパの服装』と『中世兵士の服装』あたりがいいかと思う。
トリノはお金持ちの街
このロイヤルパレスや武器庫だけ見てもわかることだが、なんという贅沢な貴族生活であることか。
街を歩くと、ほかの街にはないどっしりとした、大きなものに抱かれている印象で、建物のひとつひとつに装飾が施され、お金がかかっているうえにとにかく大きいことに気づく。
つまり、トリノはお金持ちの地域であるのがビシビシと伝わってくるだ。
ほかの土地では、真っ黒い肌の男性が路上に絵を広げて売っていても誰も相手にしないが、ここでは若者たちがアフリカの移民男性と話し込んで、その絵を購入しているのを数回見かけたのだ!彼らの経済を助けているというのだろうか?
トリノのとある有名カフェで、イタリアに住んでいたことがあるという日本人女性と話し込んだ。そこで第一に話題に上ったのはトリノの印象である。
「大きいよね。治安が良くて、安心感が違うわ」「金持ちの街なのがわかる。だって、服装からして他と違うもの」と意見は一致。
サヴォイア家の影響だろう。
フランスからこの地に入ってきたとき、ナイフとフォークという食事作法を持ち込んだのはサヴォイア家で、当時手づかみで肉を頬張っていた彼らは驚いたとか。
イタリアのレストランは、通常リストランテ、オステリア、トラットリア…などというランク付けがあるが、ここに来たらそんなものは見当たらなくて、フランス風のビストロとイタリアのピザが融合して「ビストロ&ピッツェリア」なのだ。フランス文化が色濃く、フランス語を話す人も多いようだ。
イタリアに来て、初めてスリの心配をほとんどせずに過ごせた。英語表記がない土地であるが、ゆとりのある雰囲気につつまれて張りつめていた緊張の糸がほぐれ、リラックスする自分がいる。
あの王宮の経済力は、現代の庶民の生活にも及んでいた。過去と現在はつながっているのだ。歴史建造物だけではない影響力に何かを思わずにはいられなかった。美意識は浸み込む。この土地にしっかり根付いて、歴史となってつながっていく。
>>ファッション・ギャラリー:中世・近世の衣装シリーズ