プロパガンダ【5】選挙権拡大によって別の悪がやって来た

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安倍ちゃんが選挙期間中に撃たれて思ったこと

「プロパガンダと選挙」について、いつか話そうと思っていた。切り口がむずかしく躊躇していたのだが、ついにスルーできない事件が起きた。

2022年7月8日の安倍元総理暗殺事件である。

ある恨みを持つ者が手作り銃を2発ぶっ放し、安倍ちゃんだけを仕留めおおせた…このうまくいきすぎの単独犯行に数々の疑問が湧いた。
さて、その疑問のうち、以下の2つは無視できない。

・新聞各社がタイトルに「死亡」と書き、「暗殺」「テロ」という言葉を隠した

・特定の宗教法人旧「トーイツ教会」の信者の息子が犯行に及んだ話で終わらせず、政治と宗教の癒着にマスコミが飛びついた
>>政治と宗教の闇があるとのことだが、政治を垣間見る業界にいる人は誰でもこのことを知っていた。今まで知っていたのに黙っていたわけで、事件後一転してトーイツ教会のみ政治との癒着を喧伝するのはなぜか?

天野川レベルでも、3年以上前から仕事仲間に「知らないの?自民党はトーイツ教会と繋がっていて、日本会議がXXで、櫻〇よ〇こが▼▼」と聞いた。当時は何というデマかと馬鹿にしていたのだが、数か月前に青山繁晴参議院議員がyoutubeで「トーイツ教会と関係のある議員がいる」と話したのをきっかけに、本当だったのかとあっけにとられた。

そして、この暗〇事件で戦後からの深い関係が広くマスコミで周知されたわけだ。

問題は、トーイツ教会だけではない政治と宗教団体の癒着であるのに、特定の宗教法人だけが問題あるかのようにバッシングされていること。そう仕向けているように見える。
宗教団体の支援を受けることが悪なのではなく、それを隠して民意を問うことが問題なのだ。

あるYoutuberがいうには新興宗教の色のついた多くの人が政治家の秘書をしていて、あろうことか数十年前から政界全体が宗教がらみの秘書だらけという。ソーカ学会、トーイツ教会、リッショー佼成会、レーユー会もしかり。政治家によっては、宗教団体を掛け持ちして、複数に所属する者もいるそうだ。当選するために背に腹は代えられないということか。
これが何を意味するのか?

邪推すると、信仰で結束している彼らのパワーは強大で、政治の内部情報を共有できる立場にあり、組織票のカードを振りかざす立場にあり、税金逃れができ、寄付で吸い上げた資金を政治献金できる立場にあるということか。

もう一度言うが、トーイツ教会だけがこれらをやっているわけではないのに、それを知りながらさもそこだけに矮小化しようとしていることが気に入らない。
マスコミのターゲットは安倍ちゃんの周辺とトーイツ教会に絞られている。どうして?

政治家にとって組織力、資金力、票田としての存在感は大変なものであったろう。彼らなしには政権維持や当選が危ういということであれば、依存するしかなかったということか。

そういえば、この事件は「民主主義への挑戦だ」とキッシーが言っていた。
しみじみわかったのは、あの出来事は民主主義の劣化を白日の下に晒した重要な事件であったのだ。

寡頭政治の時代に重要ではなかった「民意」

「民主主義」について考えてみたい。

いつになったらプロパガンダの話すんの?

いや、すでにしている。プロパガンダの本領発揮は民主主義の社会でこそなのだ。

民主主義の世の中こそ、プロパガンダをより精度の高いものにしないと悪人は勝組になれないのである。

民意を示す機会が選挙なのに?

選挙をするから民主主義だっけ?

現在、私たちは民主主義が整った時代にいる。

私たちは基本的人権を保障された「主権者」なのである。

いわゆる先進国の普通の大人であればだれでも選挙権を持つ。水や空気のように、平和と同じように、何の意識もしていないが、実はけっして当たり前ではない価値ある存在である。しかも、それは先人が苦労をして勝ち取った権利なのだ。

ピンと来ない?
では、民主主義政治の前は何だったのかを話せばわかるかもしれない。

寡頭政治の時代とは…が必要だろうか。

寡頭(かとう)とは、ごく少数の者の意味だ。つい数百年前まで王侯貴族や領主のような強大な権力を持ったほんの一握りの者が為政者となり、すべてを決められた時代があった。戦争するのも、税金をいくらにするのかも、果ては政略結婚、ルールも彼らが決められた。
こういう政治を寡頭政治と言う。

日本は和議の歴史があって、上層部が話し合いで決定するシステムをとってきた。この点からもより民主主義に近いところにはあるが、一方でヨーロッパを見ると本当に「弱肉強食」か特権階級による支配が通常である。

ヨーロッパを軸に見た方がより明確になるのでこれ以降は西欧社会を基準に話を展開する。

決定する人は少数とはいえ、圧倒的大多数を占めるのは民衆であり、働き手だった。
以前にも、中世ヨーロッパの貴族は全体の2%しかいない話をした。特権階級以外の人は98%であり、つい最近までの世界の常識であったのだ。

民衆の意思が民意で、民意が決定権を持つならば多数決の原理になるのだが、民意が尊重されないのが寡頭政治。鶴の一声というものに左右される。
選ばれた者だけが学問を許され、財産を所有し、政治に参加することが許された。
たいていは、特権階級の男である。なかでも当主が強い。

一方、民衆にはなんの決定権もなく、「農奴」という半奴隷のようなものまであった。戦時においては兵士として使われ、別の地域に引っ越す自由などない。ほとんどの人がただ生きていくうえで必要な営みを繰り返していただけの、物言わぬ構成員であった。

なぜ物を言わぬか?
もしも民衆が意思表示をするなら、その政治に堪忍袋の緒が切れた場合のみ、一揆、暴動、革命を起こさねばならず、主張は半ば命がけであったのだ。

一体何が昔と今で違うのか?

それは、選挙権があるかどうか。常にここに立ち返ることになろう。

寡頭政治の時代に重要ではなかったものとは、民意である。
識字率は低く、自分の名前を書ければよいので、知恵や情報も必要ない。狭い世界しか知らずに育てば、意見を述べる気持ちにもならないというわけだ。

西洋の考え方は日本のそれとは違う

西洋社会の根本思想をちらっと話しておきたい。

以前、ルネサンスの回や聖職者の衣装の回でも話したが…キリスト教社会においては、一般人が「迷える子羊」で聖職者が羊飼いなので、聖職者は愚民を教え諭し導かねばならない。なぜならば人は生まれながらにして罪を負っているのだから。
そして高位の聖職者はみな特権階級というわけだ。いや、特権階級だから高位聖職者としての就職先があると言うべきか。

一神教はやることが極端だと感じる。
日本の神様たちは和議をするが、アチラは「ウチの神様だけが本物だ」と言って譲らない。
こういう文化も人々のマインドに影響を及ぼすのだろう。自分たちだけが正義だと主張する者と平和に事が運べるのだろうか。

話を戻すが…寡頭政治下では民意を無視してもいいので、当時、大衆操作はさほど重要ではなかった。
必要なのは生まれの良さ、そして権力と金。

こういう世界にもかかわらず、善政を敷く為政者が現れたら、その社会構成員になれた人は幸せだろう。しかし現実には滅多とお目にかからない。

そういうわけで、ヨーロッパでは最終的に武力による革命すら肯定され、実際に革命という名の武力闘争が起こり、力による現状変更を繰り返している。さすが「弱肉強食」精神と「〇〇の大虐殺」の歴史を繰り返してきた人たちではある。

なお、革命時、金持ちたちは弱者を支援するかのように見せかけて、金をばらまいて革命や暴動に至るよう扇動してきた歴史があったことも付け加えておく。金持ちが弱者に同情したからというよりは、自分たちの利益に沿って忠実に行動し、首謀者として美味しい思いをしただけのこと。
貴族が襲撃され、財産を奪われ、弱体化して喜ぶのは誰か?弱者は暴力活動に参加しただけで、貴族が座っていた椅子に座わることはなかった。下手人とは悲しいもので、学も知識もない者は為政者になれない。
天使の顔をした悪魔はバカでは務まらない。賢く立ち回るからこそ、プロパガンダが重要になるのである。

日本もボーっとしてはいられない。おっとりしていると西洋式のやり方を善とする方向でおかしな教育が行われ、気づけば「日本は遅れている。チェンジ!」と伝統と国柄の破壊を植え付けられることになる。

自覚はあるだろうか?

革命ってカッコいいね!

男女平等!

LGBTも受け入れてみる?

 

毒されてやんの…

キリスト教もイスラム教社会も、同性愛は死刑だったよね。

日本は昔から同性愛は「好きにすれば?」状態。

罪人扱いしてきた国に教わる必要ないから!

相撲や皇室の問題で

海外から「男女差別」と言われていたけど

ふた言目に「差別だ!」とレッテル貼りすることで

日本の伝統を壊したいんじゃない?

世界の王室デハ~~

女王もいるからぁ~~

出羽守(デハのカミ)なんてやめてよ

プロパガンダに染められてる場合か!

民意の時代に政治家になるには

現代の私たちは自由にモノ申す存在になり、民意を示すために選挙が行われ、間接的に決定権を持つようになった。私たちは主権者なのだ。
場合によっては一般人が政治家や有力者となってさまざまな立法をし、国家の決定を担う人までいる。

民主主義の国、民主主義の時代という言葉でぼんやりくくられるが、成人であれば選挙権があり、自分の意思を反映する機会をもれなく得られたということなのである。

私は大学時代、ヨーロッパの帝国主義の時代(1870-1918年)を研究テーマにした。それを選んだ理由は、プロパガンダを本格的に活用した最初の時代が帝国主義時代だとわかったからだ。

この時代、国民の初等教育の義務化が始まり、参政権が下々の者まで拡大していった。この合致は偶然ではない。

民衆が暗愚で知識のない文盲ばかりであったら、鍬を握らせるしかない。
しかし、地球が円いことがわかり、大航海時代を経て経済が活性化する。やがて産業革命が起こり、機械化が進み、工場で大量生産する。その成果物を売買して富を得る。教育を受けた者が増えれば、国力がアップする。モノが移動する。金が集まる。すなわち腕力だけではない時代が到来した。

国力を上げるにはそれなりの教育が必要という話になり、金持ちが力を持てば、政治に口を出し、決定権の一翼を担うことになる。

さて、本題に入る。
中流が増え、資本家が金と権力を持つようになると、かつての特権階級であった王侯貴族は弱体化した。政治的に鶴の一声を発する者たちがほぼ絶滅したのもこのころである。

産業革命後のイケイケどんどんの近代、植民地化にやっきになったヨーロッパ列強が力を持った。
この時代を帝国主義時代というが、世界に飛び出していった姿だけを見ても何もわからない。むしろ国内での動きをじっくり観察すると、プロパガンダの時代が到来したのがわかり、民衆が主権者になっていったことで、力学も変わり、プロパガンダのシャワーを知らぬ間に浴びることになった。

もう一度、選挙に焦点を当てよう。

政治家になるためには選挙で票を勝ち取らねば始まらないという現実が湧き起こった。民意を示す選挙によって、当選しないと政治家になってその国を動かすことはできない。

私を男にしてください!

勝たせてください!

組織票を回してください!

勝ちたいんです!!

政治家としてやりたいことがある場合は、当選するだけではダメで与党にいる必要があり、与党の中でも有力者になり、さらには政権が安定していないと長期的なビジョンで国を動かすことができないこともわかった。
任期という時限装置も作動する。
とんでもないジレンマを抱えることになった。

地味な政治家は民衆にアピールできない。
宣伝力のない政治家は次の選挙が危うくなる。
金持ちの家柄でない場合はもっと深刻で、食っていくために次も当選しないといけない。

やることさえやっていれば、自分は皆に認めてもらえるだなんていうのは幻想でしかない。
こういう世知辛い現実を知れば知るほど、パフォーマンスが重視される。味方が必要になる。

それに、欧州列強が植民地化に邁進していったとき、大義名分を国民にわからせる必要もあったから、プロパガンダはより巧妙に仕掛けられたのである。

戦争ひとつやるのも国民に承認されねばならない。議会の承認と言い換えてもいいが、それとて国民の代表ということならば、国民を敵に回しては次回の選挙で当選できぬというわけだ。

主権が一部の人のモノから一般人(民衆)のモノへと拡大した。

主権のある民衆が大多数を占める時代に必要なことは何だろうか?

大衆操作をする側はマスコミをコントロールする

世界(国といってもいい)を動かす政治家になりたい場合、あなたなら何をやるか?

悪魔の心が発動した天野川であれば、まずマスコミをおさえる。それが手っ取り早いのだから。
事実、プロパガンダの1丁目1番地はマスコミを抑えて情報操作することであった。100年以上前からそうなのだ。

この日本でも、1993年テレビ朝日の偏向報道疑惑「椿事件」がある。
報道局長が「自民党政権の存続を絶対に阻止して、反自民の連立政権を成立させる手助けとなる報道をしよう」という旨のコメントがあったと新聞記事になった。
大問題となり、放送法違反疑いで衆議院で証人喚問にまで至っているのだが、『ニュースステーション』などでも自民党のネガティブキャンペーン状態であったことは否めないし、実際に非自民の細川内閣が成立している。知らぬ間に洗脳装置と化すTVの威力を思い知る事件である。

ほかには、プロパガンダの有力な手立てとして教育にも熱心に取り組むだろう。自分たちに都合のいい思想を植え付ける。とくにハイレベルの大学は洗脳にもってこいだ。純粋培養された高学歴の若者がわんさかいるのだから。

ちなみに頭のいいユダヤ人がしばしば医者になったのは、医者の立場なら狙った家庭の秘密を知れるからだと聞いたことがある。もちろん警察、司法、アカデミア(学者)も握っておく必要がある。

もうわかってくれたと思うが、プロパガンダは相手が知らぬ間に実行でき、自分が洗脳されている自覚もない。

実行者は素知らぬ顔をして、何なら天使の顔をして大義名分を唱えることも忘れてはいけない。

つまり、私たちは「自分たちの未来を選択する自由を与えられた」ようでいて、きっちりコントロールされているではないか。

組織票>民意

今回、「選挙権拡大によって別の悪がやって来た」というタイトルを付けた。

ところで…民意を示す機会があるのに選挙に行かない人が多いのは、何も変わらないと思わせることに成功したからだ。

投票率が低調なのも重要なことで、投票する人が少ないほど、選挙は戦いやすい。有権者の50%を操作するのは大変だが、20%の票を操作するとなると、だいぶラクになる。

当選が危ない候補者に「組織票を回す」とかいう表現も、強固な組織力があればこそ成し得る。
今回宗教とプロパガンダの話はしないが、相性がいいことは想像がつくだろう。信仰心を利用して投票先をコントロールできるのだとしたら、宗教団体の支援を受ける意味は大いにある。

念のためもう一度言うが、宗教団体の支援を受けることや、どこかの宗教を信仰することは悪ではない。意図的に何かを隠して、政治家が選挙支援を受けていることが問題なのである。

私たちは裏切りに遭っているのだろうか?

アンタッチャブルの暴露:爆音と煙は始まりの号砲か

この3年余り、ひどい絶望感の連続であった。
安倍ちゃんの事件がそのトドメを刺してくれた。

もう一度繰り返すが、私は安倍ちゃんの爺様がCIえ~とどうしたとか、自民党の背後にトーイツ教会がいるだの、数年前から仕事仲間に聞かされていた。日本最高峰の学歴を持つ男がそう言うのである。
しかし当時の私は思いきり鼻で嗤った。そういう話を真面目に信じている者たちを救いようのないバカなのだと断じてもいた。当然真偽を確認するわけもない。

ところが…まさかのまさか。数十年前、霊感商法で世間を騒がせた宗教団体が与党といまだ繋がっており、選挙で組織票になっていて、その関係は長年のアンタッチャブルだったとは。

そういうバカバカしいにもほどがあると呆れていた内容が本当であることがわかった。

すべてわからなくなった。

私が信用する方は言っていた。「俺らはみんな(ソレを)知っている。でも、たとえCIえ~が実在の政府組織だとしても、こういう場(公)で話すことはふさわしくない」のだと。

そう、情報のうち、知っていいことは知らされるが、その逆は公表されない。

そして人は信じたいものを信じ、願望を予想にして生きていく愚かな生き物である。
なんていう不都合な真実か。

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