城付近にミステリアスな地下道が張り巡らされている

ニュルンベルクのカイザーブルク城は岩盤の上に建っている。現在の地名の元となった名前は「岩山」を意味する。
スイスのシヨン城もそうだが、どんなことがあっても壊れそうにない堅牢な基盤は城造りに最適なのだ。ゆるぎないものの上に大切な人が住まうものを造るという発想は万国に共通するものがある。

カイザーブルク城

カイザーブルク城の外観

カイザーブルク城の模型

過去のカイザーブルク城の模型。城壁に囲まれた旧市街の中でも、もっとも高い位置にあり、小高い山のてっぺんに城が造られている。

さて、自分が中世に生きていたとして、こんな岩盤があったら、あなたなら何をするだろうか?

まずは貴人の住居。戦に負けない城を造ろうとする。
上物の次は地下…。シヨン城では地下牢を造っていたが…。 >>シヨン城【4】

ところで、ここはドイツ地方だ。
「ドイツ」と来れば、「ビール」ではないだろうか?
そう。彼らはビール醸造所と貯蔵庫を造ったのだ。
貯蔵というのは、ビールを冷やしておく場所。わざわざ凍った川(だったか湖)へ氷を切り出しに行き、それを馬車で運んで保冷剤とする。日本でいう氷室というやつだろうか。
貴族たちはさぞ冷たくておいしいビールが飲めたに違いない。

 

アルトシュタットホフ

実は、カイザーブルク城の地下には通路が張り巡らされている。1380年にビールを醸造・貯蔵するために造られたのが始まりで、今も残っており、この歴史的な地下通路でガイドツアーを毎日数回行っている。

私は日本でその情報を知り、WEBで予約をとって、ツアー代5.5ユーロ(現在は8.5ユーロ)をカード決済してからニュルンベルクへと旅立った。
なお、「ニュルンベルクカード」があれば入場無料。現地で予約を入れるのでも大丈夫なので、その日の催行スケジュールを見て参加を決めてみてはいかがだろうか?

Nuremberg’s historic rock-cut cellars に参加する

この地下通路は、旧市街にまるで迷路のように張り巡らされ、現在ではそれぞれ上の家に住んでいる人の所有物ということで自由に出入りできなくなっているが、その中のひとつ、Hausbrauerei Altstadthof(ハウスブラウアライ・アルトシュタットホフ)というビール醸造所兼レストランがその地下でガイドツアーを行っている。

「過去700年間のニュルンベルクのロックカットセラーの形成と使用に関するツアー」がテーマで、所要時間は60〜75分ほど。

アルシュタットホフ

External Link>>Hausbrauerei Altstadthof

External Link>>Nuremberg’s historic rock-cut cellars

ハウスブラウアライ・アルトシュタットホフはドイツで最初のBIOビール醸造所として始まった。

場所はカイザーブルク城の南側、すぐ近くにある。併設のショップ(入ってすぐ左。窓ガラスの向こう)でチケットを購入することもできる。
このガイド自体はドイツ語のみだが、他言語のオーディオガイドが有料で借りられる。パスポートやニュルンベルクカードがデポジットとして必要なので、忘れずに。

Hausbrauerei Altstadthof

 

デューラー像

アルブレヒト・デューラー広場(Albrecht-Duererplatz)のデューラー像の裏から入る

デューラー像裏入り口

南ドイツ最大のロックカットセラー迷路
何世紀にもわたって、ニュルンベルクの市民は、街の地面である真っ赤な砂岩に丸天井と廊下を作った。 この広範なセラーシステムが文書で初めて言及されたのは1380年。当初より、主にビールの熟成と貯蔵のためにセラーが使用されており、街の有名なレッドビアとして流通されている。

三畳紀砂岩の安定性のおかげで、最大地下4階の深さまで岩盤を掘削することができ、セラーは大規模な複合施設に至った。(訳:天野川)

Nuremberg’s historic rock-cut cellarsより

地下は広く、大人が普通に歩ける高さの通路になっている。

アルトシュタットホフ

通路

Nuremberg’s historic rock-cut cellars

赤いところがツアーの場所のよう。そこがアルトシュタットホフの所有している場所ということと思われる。

Nuremberg’s historic rock-cut cellarsNuremberg’s historic rock-cut cellars

地図の下が地下の構造。「三畳紀砂岩」というもののおかげで何層にもなっている。迷路のように旧市街を張り巡らせ、地下4階の構造まであるということは、相当強固な地盤ということだ。

アルトシュタットホフ

地下通路にはいたるところで空気穴(エアシャフト)が設けられている。醸造中は発酵により二酸化炭素が出るので、地下では酸欠の危険があった。そこで悪くなった空気を抜くためエアシャフトが設けられ、さらに暖めて空気を循環させる仕組みまでも開発、使用されていた。しかも、古くからエアシャフトを設置していたというから驚きである。近年では、現代技術を駆使した装置に入れ替わったそうだが、人類の知恵と工夫を思い知らされた。

そして、中世より、ここへ安全な水(hospital waterと言っていた)をパイプでつないで引いていたというからすごい。

hospital water

hospital waterのパイプ

岩盤のおかげで中の温度は、夏場は10~13度と涼しく、冬場は8度と外より暖かく保たれているのだとか。ビールの貯蔵に適している温度というわけ。

そんな素晴らしい地下は第二次世界大戦中に別の役割を担うことになる。
市民の防空壕として使われるのだ。空爆が可能となった時代からは、そのゆるぎないものの下に、命を守る役割が与えられた。

Nuremberg’s historic rock-cut cellars

私は、このパネルにある、1945年のニュルンベルクの写真に戦慄したのだった。
今のニュルンベルクの街並みなど、どこにもないその灰燼に帰したボロボロの画像に。
大戦中の1944-45年にかけてナチスの本拠地だったニュルンベルクは激しい空爆に遭い、街の90%が破壊されたという。

しかし、多くの人はこの地下防空壕に逃れて、命拾いをしている。当時相当な数の人たちがここで避難生活をしていたそうだ。
「数千人のニュルンベルク市民が避難のためにここに来たおかげで、1945年1月2日にここへやって来た地獄を生き延びることができた」と。

歴史的な雰囲気? 古い街並み?
そんなものはほとんど残らなかった。一度めちゃめちゃに壊されたのだ。
戦争が終わると、あるのは無条件降伏とがれきの山だけ。

1945年のニュルンベルク(ドイツ)

それでもドイツ人はそこにいる。
そして彼らは今のニュルンベルクを再建した。城も甚大な被害を受けた。それなのに、修復され、かつての皇帝の居城としてそこにあり続けている。

アルトシュタットホフのレストラン

感慨深いガイドツアーを終え、アルトシュタットホフのレストランに流れ込んで、自慢のビールとフランコリア料理を楽しんだ。

レッドビア

オニオンレッドビアスープ

オニオンレッドビアスープ

ビールが嫌いな私が絶賛するほどの美味しいレッドビアを飲んだ。その日の気温は0℃。ビールは体を冷やすから嫌いだったのだが、凍えていてもレッドビアを注文して飲んでみたら、なぜか体が温まった。いろいろな意味でビールの概念を覆された経験だった。
あんな素晴らしいビール、日本で探しているが見当たらない。ここに来なければ飲めないビールなのだ。

ほかのメニューおよび時系列の旅行記は>>https://4travel.jp/travelogue/10882006

ニュルンベルク再訪2019

「レッドビアを飲みたい!」その一念が実行される機会が訪れ、5年後の2019年8月にニュルンベルクを再訪した。
そして、一度目は間抜けなことに英語のオーディオガイドを断ってぼんやり眺めただけのロックツアーだったが、今回はリベンジしてちゃんと英語解説を聞いた。意外とわかりやすい英語でうれしかった。

レッドビアとフランコニア料理を再び堪能したので載せる。

小麦のおつまみ

小麦のおつまみ

Schäufele(ショイフェレ)という豚の骨付き肩肉をオーブンで焼いた料理は死ぬほど旨かった。付け合せはKartoffelknödel(カルトッフェルクネーデル、イモ茹で団子)

アルトシュタットホフは一度途絶えた旧市街のニュルンベルク醸造の伝統を1984年に復活させ、今に至っている。つまり、このレッドビアはあのロックセラーで醸造されており、伝統の味を楽しむことができるというわけだ。今も現役のシステムであるところがすごいではないか。

レッドビアのほかに、ヴァイツェンビールも飲んだ。写真はないが、赤さはそのままに小麦の白濁があり、味は最高だった!
再び私は感動した。こんな旨いヴァイツェンビールは飲んだことがない。
数年後、また来ようと心に誓った。

 

>>帝都ニュルンベルク【1】カイザーブルク城は皇帝の居城

>>帝都ニュルンベルク【3】ナチスドイツのプロパガンダ拠点

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