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【京都伏見】酒蔵情緒と皇室御用達の伝統

大倉記念館 関西

新酒シーズン到来!蔵開きと新酒初売りの初冬

日本酒好きなら知っているが、12月初頭あたりは新酒のシーズンだ。できたてほやほやというだけではない。期間限定の、熱処理していない特別な酒が味わえるとあって、日本酒ファンにはこれが結構楽しみでもある。“しぼりたて生原酒”、“生新酒”…そんな特別感で期待値がグーンとアップするのだ。

黄桜

黄桜の展示物

新酒といえば、世間ではボジョレーヌーボーばかりが大々的に宣伝されているようだが、ワインでお祭り騒ぎする前に、まずは日本の伝統に敬意を払いたい…そんな口実で、11月末日、京都伏見の酒蔵へと赴いた。

酒蔵開き

壕川

壕川

神聖

山本本家 神聖

伏見銘酒協同組合がある場所で その酒蔵開きイベントがあった。その組合は伏見の老舗酒蔵4蔵が加盟するもので、当日は蔵元提供のしぼりたて新酒と限定酒の2種が試飲できるのだ。(200円)

酒蔵開き

「皆さん、どんな味ですか? ほんとに今朝しぼったんですよ」とのこと。
そもそも私は味の濃い生酒が好みなので、今朝しぼったばかりの生酒が好きだったが、さらりとした上質な飲み口を好む人は口当たりのよい限定酒(確か純米吟醸)に軍配を上げていた。
午後に訪れたせいか、酒粕はすでに完売しており、200円の粕汁には長蛇の列だった。この粕汁は死ぬほど美味しかったから、「我も我も」の勢いで酒粕が完売したに違いない。

完売と聞いたものの、加盟蔵の神聖の店舗に行くと、新しい酒粕があったので、そちらで買い求めた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA伏見

伏見、伏水

伏見は面白いところだ。
その昔は伏見を「伏水」と書いていたほど、水ありきの歴史を刻んできた。名酒どころとは名水の湧く恵まれた土地ということであるし、また、宇治川派流の壕川(ほりかわ)が流れているため船が多数往来し、宇治川・桂川・加茂川を結ぶ京-大坂間の交通の要所として発展してきた。

京の南に位置し、城下町として、さらには酒造りの町、内陸でありながら港町としても栄えており、さまざまな顔を持つ。逆をいえば、その水脈ゆえに歴史に何度もその名を刻むことになったのだ。

三十石船

観光船「三十石船」(さんじゅっこくぶね)

幕末の激戦、鳥羽伏見の戦いの舞台はこのあたり。写真の奥にある蓬莱橋の袂には戦場址として石碑が建つ。

伏見の価値

いつも思うのだが、たいてい重要な歴史というものは、帝(今でいう天皇陛下)がおわす京のど真ん中ではなく、ちょっと外れたところで進行していくことが多い。この伏見もそんな位置にあるだろう。
ど真ん中は何かとやりにくいはずだ。政治や法曹界、伝統などでがんじがらめの呪縛状態では、新たな一歩は難しかろう。そういうわけで、激戦も、経済発展も、大きな城も、京のど真ん中を避けてきた歴史がある。
とはいいつつも、最後の仕上げとして、お墨付きをいただきに参上し、京の人々に形式ばってお披露目するのはいつもど真ん中。いかなる場合も帝への御挨拶は欠かせないのだ。

京に近く、さりとて遠すぎなくて、交通のいい場所はそうあるものではない。伏見はなるべくしてなった町といえる。

さて、鳥羽伏見の激戦の後、徳川幕府は倒れて、明治の御一新となる。帝は京を離れ、東の都へと御発ちになり、京は平安京から続く日の本のど真ん中ではなくなった。帝の東京奠都(とうきょうてんと)により、政府も東京へ移動した。そして、その後を追って商人たちも大移動したのだ。
京には各藩が抱える御用店(ごようだな)もあったから、そういったものが明治維新によってごっそり東京へ移っていったのは当然のことであろう。そうして“かつての都”になってしまった京都は、文化および経済的中心から遠ざかることになったのだ。

そして伏見はというと…
酒蔵は移動できない。伏見の酒はそこの湧水あってのものだからだ。

月桂冠大倉記念館

伏見の酒蔵はいくつもあるが、そのなかで月桂冠はひとつもふたつも抜けている存在といえる。
1982年、月桂冠は発祥の地であり今も本社を置くこの場所に、貴重な酒造用具を展示し、伏見の酒造りの歴史を紹介する資料館「月桂冠大倉記念館」を開設した。月桂冠が所蔵する酒造用具6120点は「京都市有形民俗文化財」に指定されており、その一部を酒造の行程にしたがって展示している。
そのレベルの資料館は、伏見でここくらいといっていいだろう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 入ってすぐ、今も湧き続ける伏流水「さかみづ」があり、係の人が「どうぞ飲んでいってください!」と入館者に勧めていた。
「お酒づくりって、水が命なんだよね」と誰もが知る話を口走りながらおちょこで水をひとくち飲む。ほかで味わったことのないまるみを感じさせる名水。「さかみづ」を飲んだだけで、伏見の酒そのままの特徴を舌で実感し、伏見を一気に理解することができた。
このような水を手に入れられたら、それだけで「勝ち」であろうと誰でもわかる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA大倉記念館大倉記念館

興味津々で展示物を見ていると、スーツを着た担当の方が寄って来て、詳しいお話をしてくださった。
地図上で鳥羽伏見の戦いの場や、竜馬が寺田屋で斬られたのちに担ぎ込まれた薩摩藩屋敷などを指し示してレクチャー。月桂冠の前身である大倉家本宅と酒蔵は幕末の罹災を免れている。
藩邸があったところは、現在月桂冠の敷地になっていたりする。
「藩の土地だったのをどうやって手に入れたんですか?」と聞くと、明治維新後に「買ったんですよ」とのこと。
伏見の湧水の価値を十分理解していたからに違いない。藩邸がなくなった新時代だからできたことだろう。

「皆さん、さかみづ飲んでいただきましたけど、少し北のほうにある当社の昭和蔵でも水が湧いていましてね。場所が違うと、味も少し違うんです」
水の味は、酒の味。そう考えると、酒は有限なのかもしれない。水は無限のように見えて、ちょっとしたことで変質すると聞く。
伏見に地下鉄が敷設されることは、水源の枯渇でもしない限り考えられないだろう。

皇室御用達の酒をつくる月桂冠

新嘗祭の酒器

新嘗祭の酒器(ミニチュア)

展示品のなかに、皇室の宮中行事「新嘗祭(にいなめさい)」のミニチュア物があった。
新嘗祭とは、11月23日 に天皇陛下が皇居内の神嘉殿(しんかでん)において五穀の豊穣を神々に感謝する祭。戦後に勤労感謝の日と代えられたものの、今も重要な祭儀であることには変わりない。

「はて、なんでここにあるの?」と思っていたら、「月桂冠は皇室御用達でして、新嘗祭にも関わっているんですよ。皇室御用達の酒造メーカーは、弊社含めて4社あるんですがね」。
「え?御社は皇室御用達だったんですか?もっと宣伝したほうがいいのではないですか?」
「いやいや、今ではそういうことを宣伝に使ってはいけないことになっています」

調べてみると、かつて宮内庁御用達という制度があったが、昭和29年(1954)に廃止になっている。制度はなくとも、納品や献上などいろいろあるようで、そのあたりもはっきりしないまま「御用達」を宣伝文句にして謳っているところがあり、それが「けしからぬ行為」にあたるというわけだ。

ところで、どうやったら皇室御用達の酒蔵になれるのか? 思い切って尋ねてみた。
「明治期に行われた第1回の全国新酒鑑評会で1位になって、それ以来、ほとんど金賞を取っていますから、そういうこともあるのではないでしょうか」

最新技術を投入した酒造り

大倉記念館

昭和初期のポスター

昭和初期のポスターがあり、当時の最先端デザインも見ることができる。
面白いのが、大真面目なキャッチコピー。にこやかな美人の横に「防腐剤入ラス」の文字。瓶ラベルには「純粋清酒」とある。まじりっけなし、という意味のようだ。
「防腐剤は入れていませんの連呼って、どういうことですか?」
「当時は酒にサリチル酸という防腐剤を入れていたのですが、月桂冠は明治44年に業界初、防腐剤なしでの瓶詰めを行ったんです。昭和44年になって、お上がやっとサリチル酸の使用を禁止するわけですけど、それよりもはるか昔に使用をやめていたんです。味の問題というよりも、人体への影響を懸念してサリチル酸を使わなくなったということです」

明治末、酒造りに科学的な管理技術を取り入れる必要性を痛感した当主が酒の研究所を建て、今でいうところの東大卒レベルの科学者を雇い入れて、「防腐剤入らず」の瓶酒製造を実現した。
酒造りは杜氏の勘だけで頑固一徹やり通すほうがイメージと合致するのだが、トップブランドとしての誇りと責任を最新技術を使って示したわけだ。

月桂冠

入館料は300円だが、同じ値段くらいのお土産(酒)まで付け、さらには利き酒コーナーで3種を試飲させてくれるなど、その採算度外視ぶりに驚いた。取材で来たわけでもないのに、記念館の方が積極的に訪問者に話しかけ、説明している様子が特に印象的だった。

大倉記念館

当日のお土産

ちょっと前まで、日本酒の人気が下降線をたどり、廃れてきたような雰囲気があった。けれども、世界での日本食ブームや2013年末の和食の世界遺産登録、さらにはワインの国フランスなどでも日本酒の評価が高まっており、日本酒は外から光を当てられて世界に飛び立とうとしている気がする。
十数年前、私はこの地を取材したことがあり、その頃はちょうど歯をくいしばっていた時期と思われるが、糖質だの、カロリーが高いだの、マイナスイメージとの戦いがあった。
そして今。また別の流れがやって来ている。日本酒好きとしては、それを信じたい。
酒の神様は帝とともにどこかへ行ってしまわれたわけではなく、今も伏見にいらっしゃるようだ。

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