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シマリスの肖像画―ペットロスを癒したもの―

ブー 心の窓

沈金パネルのシマリス肖像画のくだりだけ読みたい方は、

「輪島塗のペット肖像画」まで進んでください。

私とシマリス、そしてインナーチャイルド

シマリスは私にとって特別な存在である。

シマリス 背中

小学高学年のころ、初めて飼ったペットがシマリスで、オスとメスの2匹。
頬袋を膨らませたり、エサのために命がけで食ってかかってきたり、毛づくろいをしたりと、その滑稽な生き物を見ているだけで楽しかった。ひまわりの種を目の前に見せると、舌や手を伸ばして必死の形相。とにかく私はその姿が面白くて毎日微笑んでいた。

シマリスの子ども

愛情というよりは、好奇心だったように思う。
私たちが毎日エサをやるとわかっていそうなものなのに、彼らは全力で生きることをやめない。もしも私ならば、人間ならば、「どうせ明日も明後日もエサをくれるんでしょ?別に必死こいてエサをかき集めなくてもいいわな」とダラけた日々を送ることだろう。
犬猫はエサのために芸をしたりしなをつくって人間様に迎合するのだが、あの子らはそんな高等な脳を持っていない。

それゆえに、彼らはいつも、どんなときもその時を必死に生きている。
食物連鎖の中では、シマリスは最下層の食べられるだけの存在である。ほとんど進化せずに太古のままの姿で今に至るその動物は、自然界になじむよう茶のシマシマ毛をまとい、すさまじい跳躍力を駆使してエサのために全力で生きることを旨とする。それが彼らに定められた生き方なのだ。

私にはとうてい彼らのような生き方はできない。

さて、私にとって彼らが「特別」なのは、当時、毎晩起こる不愉快な現実を一瞬でも忘れさせてくれるからだった。

私の父は毎晩泥酔し、醜態をさらす男だった。
足腰立たぬほど酒を浴びるように飲み、数時間後、尿意を感じてトイレに千鳥足で向かうと、目をつぶりながら便器に放尿する。酒臭い尿をその辺にぶちまけたり、トイレで泥酔するために私たちは夜になるとトイレに行けなくなることも普通だった。

毎晩続く泥酔といびきとトイレの占拠。風呂に入った後に腰にタオルを巻いたまま寝て、ときにフルチン。タコのように真っ赤な顔で口を中途半端に開けていびきをかくその顔は、紛れもなくバカヅラだった。ほかにもいろいろあるが、いちいち挙げはしない。

物心ついたころから、こんなバカ野郎が父親であることに静かな怒りをくすぶらせていた。
しかし、私は彼に罵声を浴びせたり、わかってもらおうと思ったことはなかった。
無駄だからだ。
365日物心ついたころからバカを見ていると、知らぬ間に心がどこかへ飛んで行って、探そうにも見つけられなくなった。
『鬼滅の刃』のカナヲの状態がそれに近い。

気づいたときにはもう誰も愛せなくなっていた。
まず、愛がわからない。自分が生きている実感もない。
高校生になって、シマリスが死んでも、ピンと来なかった。眠るように死んでいったあの子たち。
普通飼っていたペットが死んだら、泣くのではないのか?
どうして私は人間の心を持てないのだろうか?

何も感じない自分に心から失望した。私はまともな人間ではないのだ。
高校を卒業した私は、実家からなるべく遠い土地を目指し、一人暮らしを始めた。

インナーチャイルドと大人の愛着障害

「インナーチャイルド」とは、内なる子どもの意味で、恵まれない子ども時代を過ごした人が、大人になっても心の中に幼い自分を抱えている状態である。

「インナーチャイルド」とは子ども時代のつらい記憶であり、成人以降の人間関係や自由なふるまいにも関連してくると考えられています。
External Links>>インナーチャイルドを癒やす方法とは – 癒やすメリットや注意点も紹介

こういう人は「アダルトチルドレン」とも関係していて、どこかで過去の自分と向き合う運命になっている。自己肯定感が低い、「私は幸せになれない」と自らに制限をかけるなど、なかなかくすぶった感情を抱えた人生というわけだ。

一方で、「大人の愛着障害」という表現もある。上記とリンクしている話だが、下記の書籍を読んで、私はうなった。私の心の奥をズバズバと言い当てられ、ぐうの音も出ない内容であったからだ。

 

愛着障害にはいくつかのパターンがあり、

1.安定型愛着スタイル
2.回避型愛着スタイル
3.不安型愛着スタイル
4.恐れ・回避型愛着スタイル

私は1であった。
先のカナヲも同じであろうが、この手のタイプは、ドラスティックな心を持っているので、仕事に対しては厳しく、大きなプロジェクトも平気でこなす心の強さがあるというメリットがあるようだ。他人の心を慮るよりも、目的遂行を優先できる強靭な精神がある、とかなんとか。

しかし、他人からみてこういう人の対応は悲しいものだった。
「あなたがどんなにその人を愛しても、あなたを愛してくれません」
これは真実なのだ…。愛がわからないのだから。

同書を読んでいて実に興味深かったのは、対人関係に問題がある知人の顔が次から次へと思い浮かんだこと。

3の「不安定型」の割合は多いらしく、幾人かの友人もそれではないかと思われた。
親が厳しくてずっと怖い存在で、自分を巡って両親が離婚、いつも相手の顔色をうかがうような大人になっていた。相手の愛を失うのではないかという恐怖心が先にたたるというタイプ。プレッシャーがかかったり、ミスをすると頭が真っ白になるのだそうだ。

ほかにも似たようなタイプがいて、親が怖い、逆らえなかったという子はどうしても仕事にパッションが湧かずに、職場でも誰にすり寄ったらいいのかを見極めて立ち回っていた。こういうサバイバルの方法があるのかと勉強になったほどだ。

同書にかかれば、占い師なんぞ不要だ。読めばスッキリ、解説とともにそこに自分がいるのだから。

ねぇ、いつになったらシマリスの話になるんだよ

タイトルの「ペットロス」はどうした?

人類で初めてシマリスを産んだ女になった!

前置きが長くなった。しかし、2022年最初の投稿であるので、もう少しお付き合いいただきたい。

いろいろな経験をしても、心がほとんど動かない可哀そうな女が私である。
そんなダメダメダメ子が、20代になり、人類で初めてシマリスを産んだw

ゴールデンウイークに一匹の乳飲み子♂シマリスを飼うことになった。あだ名を「ブーちゃん」という。
何とそのベイビーを飼って3日で寒がらせて風邪をひかせてしまい、死にかけるという事態になってしまった。

シマリスの赤ちゃん

私は「ええい、絶対に死なせるものか」と心を燃やし、ぐったりした彼をお腹の中で温めた。
彼はポチャポチャの私の腹の上ですやすやと眠る毎日を過ごし、漢方薬を飲まされたりして風邪が寛解。

そして私はナウシカになった…。

私の肌の上に顔をぴったりつけ、安心しきったように眠るブーちゃんを見ているうちに「私はこの子を産んだ!」と直感するに至ったのだw

愛着障害ってコワイね。

立派なシマリス・ストーカーじゃね?

だいぶ迷惑だったな。

しつこくてさ、嫌がっても追いかけてくるんだもの

かくして私は豹変した。子煩悩な女となって、彼の好きそうな食べ物を与えることに喜びを見出し、毎日シマリスとかくれんぼ。仕事をすることに執念を傾けてきた私が、仕事をしたくなくなったのだ。
彼が部屋の中を探検し、カーテンをよじ登り、1メートル以上離れた場所にジャンプ! 座布団を突き破ってモグラになったり、日に日に跳躍力を増していく好奇心旺盛な冒険家の姿に私は目を細めた。

何より、彼は私を寝床だと思っている。最初の2年と老後の彼は私のお腹の中で寝てくれた。
彼が私のことを愛しているわけではなかったと思う。シマリスはクルクルパーなので、そんな脳はない。しかし、それで構わなかった。

彼の温かい身体をなでたり、私の服の中に入って眠る…その時間が私にとっての宝物だった。彼は私に幸せをくれた。彼の身体に頬を当てたり、唇をつけたりしていると、よくわからない温かさが芽生え、表現しがたい気持ちになって目をつぶる。

もしかして、これが世にいう「愛」ではなかったか?

シマリス

ブーちゃんとさくらんぼ

シマリスとさくらんぼ

ブーはさくらんぼが大好きだった。
実家から送られてきたさくらんぼの中でも一番熟れたものを彼に渡した瞬間、少し微笑んだ顔をして座り直し、両手で抱えてうれしそうに食べ始めた。

そんなに目を輝かせるほど美味しいのかや?
彼のガツガツ食べている姿を見ているだけで楽しかった。

ペットロス

時は流れ、彼の命が尽きかけようとしていた。初夏であった。

歯も折れ、ボロボロなので、食べられるものも限られていたなか、果物は相変わらず好んで食べていた。そういうこともあり、5月末ころから出回っていた高価なさくらんぼをスーパーで見かけては、買おうか買うまいか躊躇し、凝視するも手を引っ込める…そんなことを繰り返していた。
小さなパックに「佐藤錦」の文字。そして600円台となかなかのお値段。

そうやって、幾度も購入を見送っていたある日、ブーは旅立った。

天使

最期は私のお腹の中で命の灯が消えた。ジタバタと動き回ったあとで突然の絶命。
彼はついに大好物のさくらんぼを食べられぬまま、天に召されていったのだった。

私は生まれて初めて3日間泣いた。
何を見ても涙が出る。幸い仕事はピタリとなくなったので、余計に泣いていい期間が充てられたというわけだ。神様の優しいご慈悲だろうか。
1週間ほど寝込んで、起き上がれなくなかった。持病も一時的に悪化した。ペットロスの威力はすさまじい。

その後の1年は、思い出すと涙が出た。いつまでもグズグズ泣いている困ったペットロス女。
だが、不思議なことに、そのあとピタリと涙が出なくなった。時間薬というやつかもしれない。

「あぁ、ブーは私のそばから離れて、成仏してくれたんだね。あの世に行って、楽しく暮らしてよ。私はもう大丈夫だから」

どんなときも仕事はしっかりやった。それは彼が死んだときにに「ブーが死んだからできないとか、そんな理由には絶対にしない」と約束したから。

彼には感謝しかない。

私に愛を教えてくれてありがとう。練習台になってくれてありがとう。
長い人生、これから誰かを愛してみたいと思う。それができそうな気がした。

シマリス
シマリス触り放題。親に恵まれなくても、別のぬくもりを与えられた。

輪島塗のペット肖像画

ブーが死んで長いこと経ったある日、輪島塗の作家さんがブーちゃんの写真から「沈金(ちんきん)パネル」の肖像画を作ってくれることになった!

参考までに「ダルメシアン」という作品が「輪島塗 塩多漆器工房」さんのサイトにあったので、見てみる。
これが漆芸と知って驚嘆した。
こんな微細な毛並みが彫りと色づけで再現できるとは…。

「ダルメシアン」「ペットのための沈金パネル」より

External Links>>輪島塗 塩多漆器工房ペットのための沈金パネル」

塩多政喜氏の腕がいいのはわかるが、動物は難しいはずである。絵でも難しいのに、ましてや漆のパネルに彫って色付けする装飾「沈金」というやり方でこのレベルが可能であることに驚いた。

External Links>>沈金について

特にシマリスは難しさが半端ではない。これまでほかの工芸作家に依頼したことがあるが、見事に失敗している。
かわいくないのだ。
でも、それは私が悪かったと反省した。なぜなら、シマリスをカワイイと思っていない人が、愛していない人が、あのハイレベルな容姿を立体的に見せた上に愛くるしい表情で再現することなどできるはずがないのだから。

それが、塩多氏の手にかかるとコレである。ブーだ! 彼がこっちを見ている。

シマリス
「ブーちゃんに届けるさくらんぼ」塩多政喜氏作
ブーちゃんに届けるさくらんぼ

放射線状に広がるヒゲ。ピンと張った耳。ピンク色の肉球。モフモフのおなか。黒目を引き立たせるアイライン。シマリス好きだけが知っている愛すべき特徴を見事に描き切っている。

塩多家には「さくら」ちゃんというシマリスがいる。
動物が好きな作家さんらしい作品である。

”初夏のルビー”と称されるさくらんぼ。
「さくらんぼは朱金にして!」と奥様の朋子氏が政喜氏にリクエストしてくれたそうだ。
この朱金のさくらんぼは、私の大事な思い出がつまった宝物に映った。
時を経て、今、ブーにあげたいものは、私の心だと気づく。

彼に残された時間が少ないことを知りつつ、好物を食べさせてあげられなかった苦い記憶。

ブーちゃんとさくらんぼ
ブーちゃんとさくらんぼ

この写真を「肖像画にしませんか?」と提案してくれたのも朋子氏である。
女子からはキャー(≧∇≦)と喜ばれる写真だが、ブーの死後、私には辛い記憶が勝っていたようで、あえてコレを選ぶような心境ではなかった。しかし、他人が見ると、この写真が良いという。

改めて見てみると、これはあの子が一番の好物を抱えて目を輝かせた最高のショットではなかったか?

今回の制作過程を拝見して、過去の様々な記憶が蘇り、良い思い出に塗り替えていただくことができた。そして、下記のありがたいコメント。

漆は、半永久の命を持つ、不思議な天然の接着剤、塗料です。
手作りなので、写真みたいに完璧ではありませんが、どこか温かみが感じられるのは、きっと、私達が、ブーちゃん、ブーちゃん、と愛でながら、心を込めて作ったからなのではと思います。

下記ブログに今回の作品を紹介してくださっている。制作風景や説明は同ブログにお譲りする。

External Links>>輪島塗 塩多漆器工房のブログ:
シマリスの沈金パネル「ブーちゃんに届けるさくらんぼ」

塩多氏に心より感謝申し上げます。

”初夏のルビー”を天国のブーに捧ぐ

もうキミに甘いさくらんぼを手渡すことはできない…それを悔やんだ苦い思い出。
けれど、案外別の方法で天国のキミに届けることができそうだね。
13年かかって大事な思い出の扉が開きました。
喜んでくれるだろうか…
愛をこめて。
夕子
ハス
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